交通事故

はじめに

 ここでは、交通事故に遭ってしまったとき、適切な損害賠償を得るためにどうすればよいのかについて、ご説明します。

1 相談

 損害賠償をするのもされるのも、普通は慣れていないはずです。知らないことを上手にできる人は、あまりいません。ですから、わかる人に相談するのは、よい考えです。しかし、どこでどのように相談すればよいかも、知識がなければわかりません。そこで、まずは相談について、簡単にまとめます。

1.1 交渉の前に相談しよう

●低い額になる基準がある

 事態が落ち着いた頃に、加害者側が任意保険に加入している保険会社の担当者が接触してくることでしょう。担当者は、早期の示談を勧めてきます。その賠償提示額は、えてして低額です。
 実は、賠償金額には、いろいろな基準があります。自賠責基準は額が少なく、任意基準はこれよりは多く、裁判基準は更に高額になるとされています。いずれも、それなりに意味のある基準です。最初は、これらの中から、保険会社にとって損失が少ない自賠責基準が提示されがちなようです。

●相談窓口はいろいろある

 最終的には、加害者側の保険会社との間で、話を詰める必要があります。しかし、その前にできることがあります。都道府県や市区町村の無料交通事故相談とか、弁護士会の無料交通事故相談、あるいは、弁護士の有料法律相談等を利用すれば、より詳細に基準を知ることができます。示談書を取り交わす前に、よく考えるための手助けを受けることができるわけです。本当にその賠償額で納得できるかどうかは、あわてて決めなくても、遅くはありません。もっとも、保険会社は低い金額しか提示しないのだから話合いには応じない、 という姿勢を取る必要もありません。

1.2 どんなときに相談が必要か

●後悔しないために

 死亡や後遺障害等の重大な被害があれば、その影響も甚大です。残された遺族や後遺症を負った方の生活を安定させるためには、より多くの賠償金が得られるようにしなければなりません。それにもかかわらず、少額で示談してしまうと、後悔することになります。
 金額以外にも、納得できない事情があるかも知れません。事件によって、様々な事情があるものです。もし、納得できないことがあるなら、あるいは、心にひっかかるものがあるのなら、遠慮はいりません。後悔する前に、上記の相談先をご利用ください。

1.3 何を持って相談に行けばよいのか

 最初に相談をするときは、少なくとも、次のようなものを準備して下さい。

(1) 筆記用具とメモ用紙

 当たり前ですが、相談の結果出てきた話については、ご記憶だけに頼るわけにもいきません。

(2) 事故の状況に関するメモ

 鉛筆書きでも構いません。形式も問われません。保険会社に提出したものがあれば、そのコピーで構いません。できる範囲で整理したメモがあれば、相談時間を短縮できます。

(3) 保険に関する資料

 保険会社から届いた資料があれば、必ずお持ちください。保険会社に送った資料があれば、そのコピーがあるとよいでしょう。ご相談の時点で、話がどうなっているのかが、これらの資料に書かれています。

(4) 整理した考え

 何を相談したいかとか、問題点だと考えられるのは何なのかについて、お考えをできるだけ整理し、メモとして残してお持ち下さい。
 例えば、賠償額の相場から見て提示された額が妥当かどうかとか、過失割合について知りたい、あるいは、加害者が任意保険に加入していないので十分な賠償が受けられるか不安であるといった例がよくあります。

2 交渉

 相談を通じてどのような損害賠償を得られるかについてがはっきりすれば、後は、その相談結果を生かすための交渉をするだけです。交渉の方法も、いろいろあります。

2.1 専門の団体を利用する

 財団法人交通事故紛争処理センターという団体があります。この団体は、全国10カ所に拠点を持ち、相談や和解のあっせんや審査を行っています。つまり、うまく利用できれば、最初の相談から結論を出すまでを一箇所で済ませることができます。

●相談から和解まで

 相談をするのは、簡単です。まず、電話で申込みをし、相談を予約します。最初の期日には、相談担当弁護士の面接を受けます。この面接の場では、事故解決の相談・質問について問題点を整理し、弁護士の助言を受けることになります。相談者が、和解のあっ旋を相談担当弁護士に要請し、相談担当弁護士が和解のあっ旋が必要と判断した場合には、紛争処理センターから相手方(ないし、相手方の保険会社)に来所を要請することになります。この場合、次回に関係当事者の出席を得て、和解のあっ旋が始まります。なお、保険会社は、紛争処理センターでの和解のあっ旋に応じることになっています。
 紛争処理センターを通じて得られる和解案は、裁判基準に基づくことが一般的です。これは、裁判所の判例、紛争処理センターでの裁定例、あるいは、合同会議の検討結果等を参考にして立案されるからです。
 保険会社は、相談担当弁護士が示したあっせん案を尊重することになっています。尊重するというのは、基本的には拒絶することが出来ないということです。その結果、訴訟をすることなく、裁判基準を基本とした賠償金を得ることができる場合がしばしばあります。なお、あっせん案に不満のある相談者は、この案を受諾せず、あっせん手続きを終了させて、訴訟を提起することができます。

●使いにくさもある

 以上の通り、とても便利な紛争処理センターではありますが、欠点もあります。
 よくある問題は、利用者の多さから生じます。電話で予約を入れようとしても、初回が二ヶ月以上後になってしまうことさえあります。また、全国に十箇所しかセンターが存在しないため、遠方から出向く必要が生じる場合もあります。
 そして何より、相談担当弁護士は、被害者の弁護士ではないということがあげられます。相談担当弁護士の立場は、相談者と相手方との間では中立的です。中立ですから、相談者の代理人というわけではありません。

 これらの問題を解決することは、ある程度可能です。
 事前にその他の場所で相談すれば、その事件固有の問題点や賠償金の目安を知ることができます。その知識を前提に、紛争処理センターの手続きを利用してメリットがあるかどうかを考えることができます。この場合、早ければ半日で結論を出すことができます。
 また、中立の弁護士が相手では交渉に不安がある向きもおられることでしょう。この問題も、解決できます。センターを利用する際には、相談担当者以外の弁護士を代理人に選任して、手続きを進めることもできます。

●複雑な事案には向かない

 ところで、以上とは異なり、事案の性質の都合で紛争処理センターを利用しにくい場合もあります。センターの目的は、早期解決です。金額について折り合えない場合は、センターを利用する価値が大きいでしょう。しかし、事故の原因や過失割合について争いがある場合等は、むしろうまくいきません。センターに逝っても、初回の面接相談のみで終了してしまうことが多いようです。また、一定の基準によって、紛争処理センターを利用できない場合もあります。詳細については、お早めにご確認いただくとよいでしょう。

2.2 示談屋

 「示談屋」という言葉を耳にされた方もいらっしゃるかも知れません。いわゆる示談屋というのは、交通事故の被害者側の代理人として、加害者側との交渉にあたり、加害者から得られた賠償金から報酬を受領する者です。それだけならともかく、示談屋は、加害者側に不当な圧力をかけて支払いをさせがちです。しかも、得られた賠償金から法外な報酬を奪うことが常です。
 近年は、保険に加入する自動車運転者が多くなり、保険会社の示談代行サービスが発達したため、示談屋の登場をあまり聞かなくなりました。しかし、示談屋がいなくなったわけではありません。示談屋と思われる人が接触をしてきた場合には、相手にせず、すぐに前記の相談所にご連絡ください。

3 その他の注意事項

 損害賠償を請求するためには、以上のような話の本筋以外にも、知っておくべきことがあります。

3.1 時効

●待ってはいられない

 損害賠償の請求には、時効があります。原則として、損害および加害者を知ったときから3年、自賠責保険は2年が時効です。
 相談や紛争処理センターへの申込みでは、時効の中断の効力は生じません。相談に赴くのが遅くなると、請求できるものもできなくなる場合があります。くれぐれも、ご注意ください。

3.2 任意保険がないときは

●賠償額は減る

 加害者が任意保険に加入していないときは、自賠責保険からの賠償しかありません。傷害120万円、死亡3000万円、後遺症4000万円が支払われるだけです。それでも、人損は賠償されるだけよいと言うべきでしょう。物損への賠償は、ありません。

●優先順位を考えよう

 重傷を負って治療をしていると、医療費が120万円に達するのはすぐです。そんなとき、加害者に損害賠償請求をしても、支払いを受けることが出来ない場合もあります。支払い能力が無い加害者が相手の場合は、すぐにはどうにもなりません。このような場合には、とりあえず健康保険を利用して治療を受けることが得策です。加害者への賠償請求の方策について検討するのは、その後でも構いません。治療の目処が立ってから、早めに都道府県・市区町村・弁護士会等の無料相談や、弁護士の有料相談をご利用ください。

4 文献等

●自力で調べるならば

 交通事故について述べている文献は、数多くあります。それらを図書館で閲覧するだけでも、参考になります。しかし、事件ごとの特殊性を無視することができません。文献をどれほど読み込んでも、大体こういうことになりそうだという推測までしかできないことを、お忘れなきようにお願いします。
 交通事故について述べているウェブサイトもあまたありますが、専門家の視点から見る限り、簡単には信用できないものもあります。それらの利用には、注意が必要でしょう。

 事故の過失割合について知りたいときには、東京地裁民事交通訴訟研究会編・別冊判例タイムズ16号「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」が参考になります。保険会社や裁判所も、これに書かれている基準を参照しています。
 賠償金額の目安を知りたいときには、日弁連交通事故相談センター東京支部編・刊「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」が参考になります。赤本と呼ばれ、頻繁に参照されています。


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